生死の門 柴田錬三郎 本の紹介
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2023.02.11(ライブドアブログ)記
「お見事!」と叫んで、小太郎は跳び退った。
その様子に、相手は小太刀をだらりと下した。
その刹那・・小太郎の五体が躍って、相手の眉間に・・・。
その様子に、相手は小太刀をだらりと下した。
その刹那・・小太郎の五体が躍って、相手の眉間に・・・。
勝つためには手段を選ばぬ非情な兵法者の姿を赤裸々に描いた一冊。
若き日の塚原卜伝、世に剣聖と伝えられる北畠具教、小野次郎右衛門など、
常に生死の境に身をおいて、剣の真髄を求めた十人の剣士の凄絶な殺しの美学を活写。
解説:尾崎秀樹(おざきほつき)文芸評論家
(目次)
◇作家自身が創作作品であると明言しているため、
人物紹介は、本の内容とはあまり関係ありません。
・塚原卜伝(つかはらぼくでん)
生誕:延徳元年(1489年)~・逝去:元亀2年(1571年)「享年83歳」
戦国時代の剣士、兵法家。父祖伝来の鹿島神流に加え、
養父祖伝来天真正伝香取神道流を修め、鹿島新當流を開いた。
・北畠具教(きたばたけとものり)
生誕:享禄元年(1528年)~・死没:天正4年(1576年)「享年49歳」
戦国時代から安土桃山時代にかけての大名。伊勢国司北畠家の第八代当主。
織田信長に攻め入られ和睦、信長の次男(織田信雄)を養嗣子として受け入れるが、
後に信長と信雄の命を受けた旧臣に、子供・家臣ら共々殺害された。
・小野次郎右衛門(おのじろうえもん)/小野忠明(おのただあき)
生誕:永禄8年(1565年)?不明~・逝去:寛永5年(1628年)「享年60歳」
前名は神子上典膳、後に母方の小野姓を名乗り、小野忠明となる。
小野派一刀流の開祖と言われるが、忠明本人は、この名称を使っていない。
・柳生五郎右衛門(やぎゅうごろうえもん:通称)/柳生宗章(やぎゅうむねあき)
生誕:永禄9年(1566年)~・死没:慶長8年(1603年)「37歳で戦死」
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての剣豪。
新陰流の継承者である柳生宗巌(やぎゅうむねよし)の四男。
伯耆国米子藩の家老 横田村詮(よこたむらあき)は、主君中村一忠(当時14歳)
の側近、安井清一郎・天野宗杷の妬みによる陰謀によって、城内で主君に謀殺された。
横田を支持する家臣と横田村詮に恩義を感じている柳生宗章は、主君中村一忠と
対峙し立てこもり、壮絶な戦死をした。
・丸橋忠弥(まるばしちゅうや)
生年不詳~・死没:慶安4年(1651年)鈴ヶ森刑場で母・兄と共に磔。
慶安の変で江戸幕府の転覆を図った首謀者の一人。油井正雪の幕府転覆計画に加担、
・丸橋忠弥(まるばしちゅうや)
生年不詳~・死没:慶安4年(1651年)鈴ヶ森刑場で母・兄と共に磔。
慶安の変で江戸幕府の転覆を図った首謀者の一人。油井正雪の幕府転覆計画に加担、
江戸城攻撃を受け持った。
辞世の句「雲水のゆくへも西のそらなれや 願ふかひある道しるべせよ」
・堀部安兵衛(ほりべやすべえ)/堀部武庸(ほりべたけつね)
生誕:寛文10年(1670年)~・死没:元禄16年2月4日(1703年)
辞世の句「雲水のゆくへも西のそらなれや 願ふかひある道しるべせよ」
・堀部安兵衛(ほりべやすべえ)/堀部武庸(ほりべたけつね)
生誕:寛文10年(1670年)~・死没:元禄16年2月4日(1703年)
屋敷にて切腹「享年34歳」
赤穂浪士四十七士随一の剣客、高田馬場の決闘で名を馳せた。
赤穂浪士四十七士随一の剣客、高田馬場の決闘で名を馳せた。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りには裏門から突入した。
幕府より切腹が命じられ、伊予松山藩の江戸屋敷で松平家家臣 荒川十太夫の
幕府より切腹が命じられ、伊予松山藩の江戸屋敷で松平家家臣 荒川十太夫の
介錯により切腹。
・平山行蔵(ひらやまこうぞう)
生誕:宝暦9年(1759年)~・逝去:文政11年(1829年)「享年70歳」
伊賀組同心 幕臣で兵法家 講武実用流
軍学・槍術・柔術・居合・砲術・水泳・馬術・弓術・棒術・儒学・農政
・平山行蔵(ひらやまこうぞう)
生誕:宝暦9年(1759年)~・逝去:文政11年(1829年)「享年70歳」
伊賀組同心 幕臣で兵法家 講武実用流
軍学・槍術・柔術・居合・砲術・水泳・馬術・弓術・棒術・儒学・農政
・土木学を修得する。
・平手造酒(ひらてみき)
生誕不詳~・死没:天保15年(1844年)
浪人。大利根河原の決闘で博徒笹川繁蔵の助っ人として参加し闘死。
享年30歳とも30歳代ともいわれる。
・伊庭八郎(いばはちろう)
生誕:天保15年(1844年)~・死没:明治2年(1869年)「享年26歳」
心形刀流宗家 江戸幕府遊撃隊の一員。
箱館戦争で幕府軍遊撃隊を率いて戦うが、傷病者となり五稜郭で自決。
・上田馬之助(うえだうまのすけ)
生誕:天保2年(1831年)~・逝去:明治23年(1890年)
鏡新明智流。肥後熊本新田藩細川家藩士。
・平手造酒(ひらてみき)
生誕不詳~・死没:天保15年(1844年)
浪人。大利根河原の決闘で博徒笹川繁蔵の助っ人として参加し闘死。
享年30歳とも30歳代ともいわれる。
・伊庭八郎(いばはちろう)
生誕:天保15年(1844年)~・死没:明治2年(1869年)「享年26歳」
心形刀流宗家 江戸幕府遊撃隊の一員。
箱館戦争で幕府軍遊撃隊を率いて戦うが、傷病者となり五稜郭で自決。
・上田馬之助(うえだうまのすけ)
生誕:天保2年(1831年)~・逝去:明治23年(1890年)
鏡新明智流。肥後熊本新田藩細川家藩士。
藩主が江戸定府であったため江戸生まれ。
明治維新後は東京でアルコール製造に携わる。
その後、新政府の警視庁武術世話掛に登用された。
浜松藩の新撰組隊士、上田馬之助は同姓同名の別人。
(以上ウィキペディアより)
浜松藩の新撰組隊士、上田馬之助は同姓同名の別人。
(以上ウィキペディアより)
著者:柴田錬三郎
出版:株式会社 集英社
発行:昭和53年09月30日 第1刷
昭和53年11月10日 第2刷
定価:300円(当時消費税なし)
*文庫版 全382ページ(解説含む)厚さ1.6センチの紙の本です。
出版:株式会社 集英社
発行:昭和53年09月30日 第1刷
昭和53年11月10日 第2刷
定価:300円(当時消費税なし)
*文庫版 全382ページ(解説含む)厚さ1.6センチの紙の本です。
柴田錬三郎
(経歴)作家:柴田錬三郎
・岡山県邑久群鶴山村(現・備前市)出身
・本名:齋藤錬三郎(さいとうれんざぶろう)
・1917年(大正6年)出生~1978年(昭和53年)逝去
・小説家・ノンフィクション作家・中国文学者
シバレン(柴錬)の通称で愛された作家。
代表作「眠狂四郎」「赤い影法師」「御家人斬九郎」「徳川太平記」
・岡山県邑久群鶴山村(現・備前市)出身
・本名:齋藤錬三郎(さいとうれんざぶろう)
・1917年(大正6年)出生~1978年(昭和53年)逝去
・小説家・ノンフィクション作家・中国文学者
シバレン(柴錬)の通称で愛された作家。
代表作「眠狂四郎」「赤い影法師」「御家人斬九郎」「徳川太平記」
など他に著書多数あり剣客ブームを巻き起こし、時代小説に新風を送った。
シバレンと言えば眠狂四郎のイメージがあり、眠狂四郎と言えば大映映画
「眠狂四郎」シリーズ12作品に眠狂四郎役の主演男優「市川雷蔵」だと思っている。
市川雷蔵さんは長身で細身の体形がゆえに、これこそが眠狂四郎と思わせてくれる
俳優だった。
昭和初期のイケメンと現代のイケメン、美的感覚や美意識の変化はいかばかりか、
大衆文化、風俗は変化しているのかいないのか、考え過ぎは体に悪いかもしれない。





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