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桜の樹 2026年4月9日 ~ 4月23日 本宮山スカイライン

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  YouTubeチャンネル yellow  horse 環境映像 外国の方に向けて動画を制作しYouTubeチャンネルで公開している。 まだ始めたばかりだが、YouTubeのシステムは 外国からの反応は無いと 自社の統計調査から正確な事実を教えてくれた。 この映像の主役の桜の樹は、10年以上前から知ってはいたが気にかけていなかった。 突然この桜の樹を映像に残したい決心した。たぶん、心の奥底に桜の樹への愛情が 隠れていて、今年芽吹いたのだろう。 この衝動に駆られて行動することの繰り返しで生きて来たし、これからも続くのだろう。 心に決めてからは天気予報は気にせずに短期間で6回、この桜の樹に会いに行った。 撮影するためと、ここでお弁当を食べるために訪れた。 6度目、桜の樹に会いに行った時は大雨の一日だった。 桜の花は散り、葉桜に移りかけていた姿を 大雨だか静かな山の中で見つめていると、 桜の樹に妖艶な色気と怖さを感じていた。 私の人生は、いつも気づくのが遅くチャンスをつかめず逃がしてばかりだった。 この桜の樹の妖艶さを早く気づいていれば・・・悔やむことがまたひとつ増えた。 「桜の樹の下には、人が埋葬されている」と聞いたことがある、そう思うと この桜の樹がとても妖しく見えて畏敬の念が湧いてくる。 晴れた日に、この桜の樹を一緒に見たいと思い浮かんだ女性がいるが、もう会えない人だ。 チャンスはつかまえろと、過去の自分に、悩んでいる誰かに大きな声で伝えたい。 ロックバンド人間椅子の「しくじりばかりの、この私に」という歌詞が、 今、私の頭の中で鳴り響いている。 「あしたはどっちだ!」 ここで終わります。

17歳の頃 ジャニス・イアン 音楽の紹介(音楽映像+翻訳字幕)+ 桜の樹

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YouTubeチャンネル「林檎丸堂」   数年前に突然「17歳の頃」という歌を思いだし頭の中で鳴り響いた。 シンガーソングライターのジャニス・イアンさんが作詞作曲した作品だ。 調べてみると、この歌「17歳の頃」はアメリカで1975年02月に発売されていて 日本でも同年(1975年)中に発売されたと Google さんが教えてくれた。 FMラジオから、このせつない歌が流れていた事を薄っすらとしか 思い出せないが 50年も前に誕生した歌だった。 英語は分かろうとしないし、翻訳してみようとも思わなかった10代だったが いわゆる中二病を患い、英語の歌詞の歌を選んで聞いていた愚か者だった。 そんな愚か者が、命のろうそくが短くなったお年頃になって、この歌を翻訳して 読んでみたいと思った。 ◇At seventeen(17歳の頃) 17歳で 真実を知った 愛は ミスコンの女王たちのための ものだと そして、透き通るような肌と笑顔の女子高校生たちの ものだと 若くして結婚し、そして引退する彼女たちのための ものだと 私が知らなかった バレンタインデー 青春時代の 金曜の夜の茶番劇 それは、もう一人の美しい女性のために費やされた 17歳で真実を知った そして、やつれた顔をした私たちは 社交性に欠け 必死に家に閉じこもり 電話で恋人を想像し 「一緒に踊ろう」と電話をかけてきて誘って 曖昧な ひわいな言葉を ささやき合う 17歳って 見た目ほど甘くはないんだ お下がりを着た 茶色の瞳の少女 彼女の名前を どうしても発音できなかった 彼女は言った。 「仕える者たちを哀れんであげて 彼らは当然の報いを受けるだけ」 裕福な親戚を持つ 故郷の女王は 彼女が必要とするものと結婚する 仲間が保証(約束)され そして 老後のための安息の地も 手に入れる ゲームに勝った者たちのことを 覚えておいて 彼らは 手に入れようとした 愛を失う 質の低い債務と 疑わしい誠実さで 彼ら田舎者の目は あなたをポカンと見つめる 支払期限が来た時 鈍い驚きで 17歳で受け取った金額を越えてくる あの痛みを 知っている私たちへ 届かなかった バレンタインの苦しみ そして、名前を呼ばれなかった人々、 バスケットボールのチーム分けの際に それは 遠い昔のこと 世界は 今よりも若かった 夢だけが 無料であたえられた時代 ...

石座神社 2026年04月16日(木曜日)風景

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YouTubeチャンネル「Yellow Horse」 アンビエント 石座神社(いわくらじんじゃ) 主祭神:火明之命(ほあかりのみこと)=天火明命(あめのほあかりのみこと) 日本神話に登場する神であり、主に天火明命として知られている。 古代の有力豪族である 尾張氏(おわりうじ)、津守氏(つもりうじ)、海部氏(あまべうじ)の氏族の 祖神として信仰されている。 火明(ほあかり)から「火が明るく輝く」ことと「稲穂が赤く熟す(穂赤熟)」 という意味を持っている。 そのことから太陽の光や熱を神格化し、稲穂が実り赤らむ(穂赤熟)の意味も 持つことから農業の豊穣を象徴する神として祀られている。 その他では、物部氏(もののべうじ)の祖神である饒速日命(にぎはやひのみこと) と同一視される説もある。 尾張氏:愛知県(尾張国)を拠点とした一族 津守氏:住吉大社の宮司を務め、海上交通を司った一族(大阪府大阪市) 海部氏:籠神社(京都府)の社家と知られ、海に関わる職能集団を率いた一族 物部氏:軍事と刑罰を司り、蘇我氏と勢力を争った有力一族(奈良県天理市) 尾張氏 津守氏 海部氏の三氏は系図上で「天火明命(あめのほあかりのみこと)」 を始祖とする同族(火明系氏族)とされている。 物部氏の始祖である饒速日命(にぎはやひのみこと)は伝承によっては、天火明命と 同一視されることもあるので尾張氏 津守氏 海部氏とは非常に深いつながりがある といわれている。 (Google-Gemini さんが教えてくれました。) エジプト神 Thoth(トート) 知恵の神 書記の守護神 時の管理人 楽器の開発者 創造神 石座神社に参拝するようになって、10年以上の月日が過ぎていった。 きっかけは、週末になるとピアジオMP3で本宮山スカイラインへ出かける 時期が あった。 だが新緑の季節になるとスカイラインで轢き殺された(ヘビ)を見ることが 続いた。 殺されたへびを見つけた時には、 道端に寄せたり埋葬したりして手を合わせ 弔いを していたが、だんだんと 「怒りと悲しみ」が湧き起こってきた。 本宮山スカイラインは、スポーツタイプの車やオートバイがそれなりのスピードを 出して コーナーを攻める走り屋の遊び場になっているのだ。 そんな走り屋に轢き殺されたのではと、疑い始めた時に怒りがこみ上げてきた、 でも小動物が轢き殺される...

反出生主義入門 小島和男:著者 青土社:出版 本の紹介

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 若木書房「銭ゲバ」全5巻 完結 1970年~1971年にかけて「週刊少年サンデー」に連載された 「銭ゲバ」という 漫画があった。 著者のジョージ秋山さんは「アシュラ」「餓鬼/ギャラ」「シャカの息子」「ばらの坂道」 「捨てがたき人々」「ピンクのカーテン」「浮浪雲」の作者でもある異色の 漫画家さん だった。 この作品、銭ゲバの主人公(蒲郡風太郎)が物語の中で何度も口にする言葉(セリフ) 「生まれてこないほうがよかったのだ・・・」 という有名なセリフは、当時12歳だった 私の心に深く刻まれたと感じている。 なぜなら老齢になった今でも、「生まれなければよかった」という言葉が 突然思い浮かび 、自分の心を切りつける感情が湧き起こることがあるからだ。 過去のブログにも「反出生主義」のことに少し触れていますが、自身の生き方に 後悔 している人物の 心の葛藤を短い文章で書いた内容になっています。 今回は「反出生主義 入門」という本の紹介をしたいと思いブログを書きました。 反出生主義の内容は私には書けませんので、本の紹介をしますご了承ください。 書名:反出生主義 入門    「生まれてこないほうが良かった」とはどういうことか 著者:小島和男 出版:青土社 発行:2024年12月30日 第1刷発行    2025年06月10日 第3刷発行 定価:2200円+税 *四六判 234ページ 厚さ1.8センチ 紙の本 *著者 略歴 小島和男(こじま かずお)さん ・学習院大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程修了  博士号:哲学 ギリシャ哲学(専門) ・学習院大学文学部哲学科教授  ・1976年 出生(東京都) ◇「反出生主義」の言葉をGoogle-Gemini さんにも聞いてみました。 その  Google-Gemini さんからの回答を読み上げてお知らせしたいと思います。 YouTube にアップロードの予定ですが映像撮影に時間がかかります、 今しばらくお待ちください。 出来上がりしだい、このブログに貼りつけますので、よろしくお願いいたします。 エジプト神 Thoth(トート) 知恵の神 書記の守護神 時の管理人 楽器の開発者 創造神

ネットスラング「中二病 / 厨二病」をGoogle Gemini さんに聞いてみた!

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Google Gemini さんに聞いたら返事(回答)が返ってきたのでお知らせします。 中二病のイラストと言えば「いらすとや」さん! ◇厨二病・中二病というスラングの意味と内容 「中二病(ちゅうにびょう)」という言葉に馴染みのない大人の方へ、 そのニュアンスを 壊さずに分かりやすく伝えるための説明文をいくつか用意しました。 相手との関係性や、どの程度詳しく話したいかに合わせて使い分けてみてください。 1. 短く端的に伝えたい場合 思春期特有の『背伸びをしたい』『他人とは違う自分でありたい』という心理状態を、 病気に例えてからかった言葉です。 中学2年生(14歳)頃に多く見られることから、こう呼ばれるようになりました。 2. 具体例を交えて丁寧に伝えたい場合 本当の病気ではなく、誰もが経験するような『ちょっと恥ずかしい思春期の自意識』 の ことです。 具体的には、以下のような行動や心理を指します。 ・背伸び: 急にブラックコーヒーを飲み始めたり、洋楽を聴き始めたりする。 ・特別感: 『自分には隠された力がある』『自分は孤独な天才だ』といった空想に浸る。 ・反抗 : 根拠もなく『大人はわかっていない』と世の中を斜に構えて見る。 大人になって振り返ると『あんなこと考えていたとは恥ずかしい!』と悶絶してしまう ような、 青臭い感性のことを指します。 3. ポジティブなニュアンスも加えたい場合 基本的には自意識過剰な様子を揶揄する言葉ですが、最近では『大人になっても自分の 世界観やこだわりを強く持っている人』を、親愛の情を込めてそう呼ぶこともあります。 単なる反抗期とは違い、 想像力やクリエイティビティが暴走してしまっている状態 とも 言えます。 説明のポイント(補足) もし相手が「病気なの?」と誤解や心配があるなら、以下の補足をしてあげてください 。 医学的な病気(病名)ではなく、1990年代にラジオ番組から生まれた造語(ネットスラング) です。 かつては自虐的に使われていましたが、今ではアニメや漫画のキャラクターの性格を表す 言葉としても定着しています。 ◇中二病・厨二病の表記の変遷 「中二病」という言葉が誕生してから、表記が「厨二病」へと広がり、再び「中二病」が 市民権を得るまでの変遷は、日本のネット文化やサブカルチャーの歴史を反映していて 非常に興味深いものです。 時...

太陽さん 玉置浩二 故郷楽団 アルバム「玉置浩二 LIVE 旭川市公会堂」 音楽の紹介

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  YouTubeチャンネル「林檎丸堂」 読書室Totoの音楽紹介チャンネル 玉置浩二さんの「LIVE 旭川市公会堂」アルバムを2019年に購入した。 当時、昭和歌謡曲というキーワードで検索していた時期だったので、 「上を向いて歩こう」「蘇州夜曲」「黄昏のビギン」「紅い花」などの曲との 出会いがあった。 YouTubeで昭和歌謡で検索していたので、おすすめに玉置浩二さんの「行かないで」 が表示されるようになる、この曲は、テレビドラマ「さよなら李香蘭」の主題歌で、 昭和初期の時代、上海と日本を舞台にした中国人スター李香蘭の物語だそうです。 香港で開催された玉置浩二さんとオーケストラとの共演の映像を見て、アルバムを 購入しようと思いたちアマゾンで検索して「LIVE旭川市公会堂」にたどり着き、 我が家のCD整理ケースに今収まっています。 (初日の出)を撮影して、このアルバムの収録曲「太陽さん」のミュージックビデオを 作ろうという発想だったが、初日の出とはしっくりこないと感じて映像は作らなかった。 CD購入から約7年後のある日、玉置浩二さんと安全地帯は北海道出身だったよね、 北海道と言えば「広い畑」だよね、「太陽さん」という歌詞を強調して歌っているよね、 と思いながら、太陽さんを聞きドライブをしていた時、「畑、昼間の太陽、朝陽」 の題材でミュージックビデオを作ろうと思い浮かび決心した。 そして、出来上がったのがブログに貼りつけてあるYouTubeの映像です。 撮影と編集の作業の流れは、3月27日「畑、昼間の太陽」の撮影をするために、 約3時間かけて車で現場に来て撮影をする。 その後、すぐ帰ろうか迷ったが、太平洋ロングビーチと渥美半島先端の夕陽の撮影も しておこうと夕方まで現地に滞在していた。 約3時間かけて帰宅、翌日28日(土曜日)田原市蔵王山から朝陽を撮影するために、 午前3時に自宅を出発、約2時間で現地に到着した。 午前5時44分が日の出時刻なので周辺を撮影していたが、ふと東の方向を見ると 太陽の赤い頭がが少し見えた、あわてた、撮影した。という約1時間の撮影でした。 玉置浩二さんの「太陽さん」のミュージックビデオが、そんなこんなの時間を 費やしてやっと出来ました。 渥美半島の風景を(太陽さん)を聞きながらご覧ください! 朝陽、夕陽、青空、海岸、砂浜、フェリー、貨...

元祖アイドル「明日待子」がいた時代 押田信子 本の紹介

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☆明日待子(あした まつこ) この本の主人公 明日待子は、新宿の劇団ムーラン・ルージュ新宿座で活躍していた 時代は、日中戦争から太平洋戦争へと続く十五年戦争(1934年~1945年)という、 日本の戦時下の時期だった。 ムーラン・ルージュ新宿座は昭和六年に開場し、昭和二十六年に閉館するまでの 二十年間、定員430人の小屋(劇場)で庶民が望むものを次々と提供していった。 軽演劇と称される芝居の脚本には権力への抵抗を忍ばせ、踊り子たちのパワフルな 歌と踊りの風刺劇は、華美な服装や化粧を禁止した政府への反逆でもあった。 明日待子はムーラン・ルージュが人々に贈った童顔のアイドルである。 このアイドルは、舞台ばかりか、映画に、ラジオに、カルピス初代イメージガールにと 活躍し、ハツラツとした姿とともに、「希望を捨てないで生きていこう」と背中を押して くれた。完璧な美貌を持っているわけでもない、肉感的な魅力にはほど遠い小さな体、 だが彼女のその不完全さが愛された。 当時の銀幕のスター、田中絹代も原節子も高峰秀子もどんなに恋焦がれようが、 スクリーンから飛び出してきてはくれない、手の届かない高嶺の花だった。 だが、会いたいと思えば、新宿の劇場へ行けば舞台狭しと駆け回り、笑顔を振りまき、 握手だって惜しみなく与えてくれる明日待子は「会いに行けるアイドル」だった。 (プロローグの一部抜粋) 目次 第一章:日本初のアイドル誕生 第二章:待子(まつこ)デビュー 第三章:ムーランの人間模様 第四章:ムーランの事件簿 第五章:時局と慰問 第六章:戦後のムーラン 第七章:札幌で第二の人生を始める 書名:元祖アイドル「明日待子」がいた時代( ムーラン・ルージュ新宿座と仲間たち) 著者:押田信子(おしだのぶこ) 出版:株式会社 育鵬社 発売:株式会社 扶桑社 発行:2022年08月10日 初版第1刷発行 定価:2000円+税 *四六判 320ページ 厚さ1.8センチ 紙の本 この本を読んでみませんか! 新宿ムーラン・ルージュ 想像イラスト (イラスト作製:Google-Gemini) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ◇アイドル崇拝は永遠の文化だ。 今の時代は、アイドル崇拝と表現せず「推し活」「アイドル推し活」という言葉が 主流になっています。 *「推し活」とは 自...