ハレルヤ 普天間かおり 音楽の紹介 太平洋ロングビーチ 2024.05.02
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2024.05.19(ライブドアブログ)記
作詞作曲:Leonard Cohen(レナード・コーエン)
日本語作詞:普天間かおり
歌い手:普天間かおり
*歌詞は原曲の翻訳ではなく、
普天間かおりさんが創作したオリジナルの歌詞です。
◇株式会社テイチクエンタテインメント(2009年08月19日発売)
(略歴)
普天間かおり
・沖縄県中城村出身(1973年誕生~)
・シンガーソングライター
・1991年:アニメソングでデビュー(本間かおり・名義)
・1997年:芸名を普天間かおり(本名)に変えて、シンガーソングライターとして
インディーズの世界でライブを中心に活動をする。
・沖縄タイムス、琉球新報、聖教新聞、しんぶん赤旗、全国革新懇ニュース、
新婦人しんぶん、うたごえ新聞、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞に
インタビュー記事が掲載されている。
(普天間かおりホームページ/ウィキペディアより)
*歌詞/普天間かおり:作詞
悲しみばかりを 見つめていると すべてが悲しくなる
ただ ぼんやりとした 不安が 私を壊してしまう
ハレルヤ
運が良いとか悪いなんてこと 慰めにもならない
それでも最後のチャンスを待ちわびて小さな祈りを
ハレルヤ
止まない雨はないと 明けない夜はないと 何度も言い聞かせて
手に入れてはなくして また新しい道を探していくよ
ハレルヤ
宇宙と比べたなら私の存在なんて取るに足りないけど
胸に手を当てれば 鼓動が震えて 命を教える
ハレルヤ
昨日と変わらない今日だとしても 信じていたいよ
誰のものでもない 私の世界はここからつくられる
ハレルヤ
履き古した靴なら買い換えればいいだけ 簡単なことだわ
ボロボロになっても捨てられないものがある 全部抱きしめて
ハレルヤ
恋するときめきを 愛するぬくもりを 私は知っている
憧れも希望も 求められる喜びも 私の人生
ハレルヤ
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ
・沖縄県中城村出身(1973年誕生~)
・シンガーソングライター
・1991年:アニメソングでデビュー(本間かおり・名義)
・1997年:芸名を普天間かおり(本名)に変えて、シンガーソングライターとして
インディーズの世界でライブを中心に活動をする。
・沖縄タイムス、琉球新報、聖教新聞、しんぶん赤旗、全国革新懇ニュース、
新婦人しんぶん、うたごえ新聞、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞に
インタビュー記事が掲載されている。
(普天間かおりホームページ/ウィキペディアより)
*歌詞/普天間かおり:作詞
悲しみばかりを 見つめていると すべてが悲しくなる
ただ ぼんやりとした 不安が 私を壊してしまう
ハレルヤ
運が良いとか悪いなんてこと 慰めにもならない
それでも最後のチャンスを待ちわびて小さな祈りを
ハレルヤ
止まない雨はないと 明けない夜はないと 何度も言い聞かせて
手に入れてはなくして また新しい道を探していくよ
ハレルヤ
宇宙と比べたなら私の存在なんて取るに足りないけど
胸に手を当てれば 鼓動が震えて 命を教える
ハレルヤ
昨日と変わらない今日だとしても 信じていたいよ
誰のものでもない 私の世界はここからつくられる
ハレルヤ
履き古した靴なら買い換えればいいだけ 簡単なことだわ
ボロボロになっても捨てられないものがある 全部抱きしめて
ハレルヤ
恋するときめきを 愛するぬくもりを 私は知っている
憧れも希望も 求められる喜びも 私の人生
ハレルヤ
ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ
愚かなるわが想いを書きました。Amazonレビューから抜粋
・2009年10月01日カスタマーレビュー
「作詞作曲:レナード・コーエン」/レナード・コーエン盤は1984年に発売。
愛する人との出会いと別れの感情を、讃美歌をベースに表現した楽曲です。
レナードコーエンは「宗教の曲として書いたわけではない」とコメントしています。
(ウィキペディアより抜粋)
寝たり起きたりの高齢の母親の昼ご飯を作っている時、ラジオから流れてきた。
包丁を握る手が止まり聞き入った。
涙があふれ出て、まな板にぽたぽたと降り注いだ。
この曲が終わった直後、うつ病と軽い老人性痴呆を抱える高齢の母親と
結婚も出来ずに、慣れない手つきで料理をする中年のおっさんになった自分を
あらためて認識した。
そしてこの先の、大きな大きな人生への不安と悲しみの感情が
「あふれ出て、あふれ出て」嗚咽となり奥歯をかみしめた。
少し大げさな表現かもしれないが、これが初めてこの曲を聴いたときの
私の感情でした。
今日もこの曲を聴くと祈りを捧げてしまいます「おかあさん、元気になってくれ」
「俺よ、がんばれ」と。
「作詞作曲:レナード・コーエン」/レナード・コーエン盤は1984年に発売。
愛する人との出会いと別れの感情を、讃美歌をベースに表現した楽曲です。
レナードコーエンは「宗教の曲として書いたわけではない」とコメントしています。
(ウィキペディアより抜粋)
寝たり起きたりの高齢の母親の昼ご飯を作っている時、ラジオから流れてきた。
包丁を握る手が止まり聞き入った。
涙があふれ出て、まな板にぽたぽたと降り注いだ。
この曲が終わった直後、うつ病と軽い老人性痴呆を抱える高齢の母親と
結婚も出来ずに、慣れない手つきで料理をする中年のおっさんになった自分を
あらためて認識した。
そしてこの先の、大きな大きな人生への不安と悲しみの感情が
「あふれ出て、あふれ出て」嗚咽となり奥歯をかみしめた。
少し大げさな表現かもしれないが、これが初めてこの曲を聴いたときの
私の感情でした。
今日もこの曲を聴くと祈りを捧げてしまいます「おかあさん、元気になってくれ」
「俺よ、がんばれ」と。
・2012年09月05日朝06時38分、母が永眠しました。
病院から危篤の連絡を受け車で駆けつけました。
カーステレオからは「ハレルヤ」が流れていました。
穏やかな朝日を浴びながら涙を流しました。
いま読み返してみると、ナルシズムの極致に至る愚かな自分が現れている文章です。
人は変われないものなのか? ちゃんとした、人間になりたかった。
もう、命の時間が短くなったというのに同じところをぐるぐる回っている。
馬しかは、死ななきゃ治らないとはよく言ったものです。
介護をしている皆さん、頑張れは言えないけれど大変な事は分かってあげたい。
それでは、またお会いしましょう、そして、さようなら。


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