see you againn(シー・ユー・アゲイン)小林 篤:著者 本の紹介 / 僕が死のうと思ったのは。
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2026年から数えて32年前にさかのぼる。
1994年11月27日(日曜日)、愛知県西尾市立東部中学校2年生の大河内清輝(君)が、自宅の柿の木にロープをかけて命を絶った。100万円を超える恐喝、死の恐怖に
さらされた暴行。遺書には凄惨(せいさん)な虐めが克明に綴られていた。
メディアで報道され日本中が涙した遺書に、ルポライター小林は強い違和感を覚え、
新幹線に飛び乗る。それが30年に及ぶ謎解きの旅の始まりだった。
隠蔽する学校、口を閉ざす教師たち。虐めに関わった生徒は、加害書と被害者が
複雑に入り組み、数十人にのぼる。全面協力してくれた清輝(君)の家族も、
心の底までは明かさない。
ライター小林の取材は暴走と挫折を繰り返し、とりあえずのゴールに
たどり着いたのは10年後のことだった。
「結論は、執筆断念」。
すべてを書くには、あまりにも関係者の不都合な事実に踏み込み過ぎていた。
それでも遺族や関係者との親交を継続し、断続的な取材と思索の旅は続けた。
あらためて執筆を決断したとき、ライター小林はノンフィクションを放棄し、
すべてを架空の物語として執筆する道を選択する。
この凄惨ないじめ自殺事件の取材を始めた時は、不惑のルポライターだった。
この事件を架空の小説として世に送り出し決着をつけたとき、ライターは
古希を迎えていた。
(本書見開きの文章を一部意訳掲載)
著者:小林 篤(こばやし あつし)
出版:株式会社 講談社
発行:2025年06月02日 第1刷発行
定価:4500円+税
*四六判 927ページ 厚さ5.5センチの 紙の本
◇著者略歴
小林篤(こばやしあつし)
・1954年 愛知県岡崎市生まれ
・早稲田大学第二文学部卒業
・1981年にルポライターとして独立
・著書
「幼稚園バス運転手は幼女を殺したのか」出版社:草思社
足利事件冤罪疑惑の扉を開いたルポルタージュを執筆。
△足利事件冤罪
裁判で有罪と判決されたA氏は服役中に、何度も無罪を主張し公訴をした。
約17年後、この事件は冤罪であると判決され即日釈放された。
ただし真犯人は検挙されていない。
栃木県警のこの事件担当者及び裁判官の本人への謝罪は、不明。
△北関東連続幼女誘拐殺人事件
1979年(昭和54年)~ 1996年(平成8年)までに4人の幼女が殺害され、
1人の幼女が行方不明になった誘拐殺人事件。
犯人は検挙されず時効が成立している。
エジプトの神 Thoth(トート)
知恵の神 書記の守護神 時の管理人 楽器の開発者 創造神
大河内清輝さんは、虐めによる自殺に追い込まれなければ(45歳)の壮年で働き盛り
の年齢だった。
家族を持ち子どもが生まれていれば、成人式を迎える長女、長男がいたことだろう。
大河内君が生きていれば、幸せな家族がひとつこの世に生まれていたかもしれない、
残酷な結末しか残せないのが人と人の争いなのだ。
少年少女の虐めがメディアでクローズアップされるが、成人した大人たちの
つぶし合い(虐め)も表で裏でおこなわれている。
いい人は都合のいい人として誰かの餌食になっている、みんな分かっているが
何もできないで傍観者のままなのだ。だって自分が虐めの対象になりたくない
と考えるのは賢明な事だからだ。
世間はいじめを軽く考えていると言われている、そうだろうと私も思う。
最後に箇条書きで、終わりにします。
・大河内清輝さんの お兄さんとお父さんが 亡くなられたことを知りました。
・だが何事も決着をつけるには、なにがしかの大きな力が必要なのだ、
ここがもどかしく、矛盾を抱えている。
・答えは見つからないが、「それでも、わたしは生きていく」とつぶやいてみる。
愛知県 西尾市立 東部中学校



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